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宇都宮地方裁判所 昭和49年(ワ)87号 判決

原告

石崎芳子

被告

増淵幸子

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し各自金一、三〇四、五〇〇円及びこれに対する内金一、二〇四、五〇〇円については昭和四九年二月一九日から支払ずみに至るまで、内金一〇〇、〇〇〇円については本判決確定の翌日から支払ずみに至るまで、おのおの年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告に対し金一、七三一、五〇〇円及びこれに対する内金一、五八一、五〇〇円については昭和四七年一一月一五日から、内金一五〇、〇〇〇円については昭和四九年二月一七日から、おのおの支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故(以下「本件事故」という。)の発生

昭和四七年一一月一四日午前六時三〇分ころ、宇都宮市東原町八番四号先の交通整理の行なわれていないT字路交差点(以下「現場交差点」という。)を原告は自転車に乗つて双葉二丁目方面から西川田町方面に向けて進行し現場交差点にさしかかつたところ、西川田町方面から双葉二丁目方面に向けて進行中の被告増淵幸子(以下「被告増淵」という。)運転の貨物用軽自動車(以下「加害車両」という。)が、現場交差点を東浦町方面に右折を始め、原告は右加害車両に衝突され、右路上に転倒し、頭部打撲、頸部捻挫、右膝関節部捻挫の傷害を受け、妊娠中絶を余儀なくされた。

2  責任原因

(一) 被告増忠商店(以下「被告会社」という。)は、被告増淵をして加害車両を運転させ、これを業務上自己の運行の用に供していたものであるから、自賠法三条の責任がある。

(二) 被告増淵は、加害車両を右折する場合には対向する自動車、自転車、人等に注意し、原告が本件交差点を通過し終わるのを待つて右折進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然右折した過失により民法七〇九条による責任がある。

3  損害

(一) 入院治療費 金五〇、〇〇〇円

原告が妊娠中絶のため早川産婦人科医院に支払つた費用。

(二) 慰藉料 金一、四一八、〇〇〇円

(1) 原告は昭和四七年一一月一四日から昭和四八年三月八日まで半田病院において一一五日間診察を受け、うち入院六四日間、通院五一日間、次いで早川産婦人科病院において昭和四八年四月五日から同年同月九日までの五日間入院したので、入院につき金五八五、〇〇〇円、通院につき金三三、〇〇〇円が慰藉されるべきである。

(2) 原告は本件事故により妊娠中絶を余儀なくされ、この苦痛に対しては金八〇〇、〇〇〇円が慰藉されるべきである。

(三) 付添看護料 金三〇、〇〇〇円

原告は本件事故により昭和四七年一一月一四日より同年同月三〇日まで起居困難となり、原告の母大倉カツが一五日間付添看護し、一日当り金二、〇〇〇円の負担を被つた。

(四) 託児料 金六九、〇〇〇円

本件事故当時原告には満一年八か月の長女孝子(昭和四六年三月二八日生)がおり、夫健治は仕事を持つていて右孝子を養育監護するすべ無く、健治の実父石崎松治にその養育監護を委託し、一日当り金一、〇〇〇円の託児料を支払い、原告の入院期間六九日託児した。

(五) 入院雑費 金三四、五〇〇円

入院期間中一日当り金五〇〇円の雑費が必要であり、入院期間は六九日間に及んだ。

(六) 弁護士費用 金一五〇、〇〇〇円

原告は被告らが前記損害金を任意に支払わないので原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用として着手金五〇、〇〇〇円を支払い、報酬として金一〇〇、〇〇〇円の支払を約した。

(七) 原告は被告らから金二〇、〇〇〇円を受領した。

よつて、原告は被告らに対し、右損害金合計額より受領済の金二〇、〇〇〇円を控除した残額である金一、七三一、五〇〇円及びこれに対する 金一、五八一、五〇〇円については本件事故発生の翌日である昭和四七年一一月一五日から支払ずみに至るまで、内金一五〇、〇〇〇円については本訴状送達の翌日である昭和四九年二月一七日から支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第一項中、本件事故発生の態様及び原告の傷害については否認。その余は認める。

2  請求原因第二項中、(一)の事実は認め、(二)の事実は否認。

3  請求原因第三項中、(七)は認め、その余は否認。

原告は本件事故当時妊娠していなかつた。また、仮に妊娠していたとしても、本件事故と原告の妊娠中絶との間には因果関係が無い。その主張の詳細は、別紙昭和四九年九月一七日付準備書面第二、第三項記載のとおりである。

三  抗弁

仮に被告増淵に過失があつたとしても、原告にも過失があつた。その過失の内容は前記準備書面第一項記載のとおりである。そこで被告らは過失相殺を主張する。

四  抗弁に対する認否

否認。

第三証拠〔略〕

理由

一  昭和四七年一一月一四日午前六時三〇分ころ、宇都宮市東原町八番四号先の交通整理の行なわれていない現場交差点において、自転車に乗つて市内双葉二丁目方面から同市西川田町方面に向けて進行中の原告が、西川田町方面から双葉二丁目方面に向い、現場交差点を東浦町方面に右折しようとした被告増淵運転の貨物用軽自動車に衝突されて転倒したことは当事者間に争いがなく、その結果原告が頭部打撲、頸部捻挫、右膝関節捻挫及びむち打症の傷害を受けたことは、〔証拠略〕により明らかである。

二  〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。

現場は宇都宮市西川田町方面から双葉二丁目方面に通ずる幅約九・五メートルのセンターラインのあるアスフアルト舗装道路(以下「甲道路」という。)と東浦町方面に通ずる幅約五メートルのアスフアルト舗装道路(以下「乙道路」という。)のT字路交差点で、その近隣の概況は別紙交通事故現場見取図(以下単に「見取図」という。)記載のとおりである。被告増淵は前記のとおり甲道路を東進し、乙道路に進入するため、見取図〈1〉点付近でハンドルを右に切り、時速約一五キロメートルで右折しようとして同〈2〉点付近まで進んだ時、原告が自転車に乗つて時速約八キロメートルで〈A〉点付近に進出してきたのを認め、衝突の危険を感じ、ブレーキを踏んだが間に合わないで衝突してしまつた。そして現場の道路状況及び右認定事実によれば、この場合原告に優先権があつたことは明らかであり、また、被告増淵は広い道路から狭い道路に右折しようとしたのであるから、対抗車線の状況をよく見きわめ、最徐行又は要すれば一時停止し、対向車線上の車両の通行を妨害しないようその安全を確認したうえでこれを通過すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然右折しようとした被告増淵の過失が、もつぱら本件事故の原因となつたものと認められる。被告らは、原告にも過失があつたと主張するが、これを認めるに足りる証拠がない。したがつて、被告ら主張の過失相殺の抗弁は採用できない。そして、被告会社が加害車両の運行供用者であることは当事者間に争いがないので、被告会社は自賠法第三条により、被告増淵は、民法第七〇九条により、それぞれ本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

三  損害

1  〔証拠略〕を総合すると、

(一)  原告は本件事故により昭和四七年一一月一四日より昭和四八年一月一六日まで半田病院に入院し、同年一月一七日から同年三月八日まで通院加療したこと、

(二)  その間治療の必要上内服薬九一日分、屯服薬六日分、皮下筋肉注射一回、静脈内注射一〇四回、レントゲン撮影四回を施したこと、

(三)  昭和四八年三月八日ころ、一応右治療が終わり治癒したこと、

(四)  その間担当医師である証人は、原告より妊娠した旨知らせはうけておらず、原告に対する右治療に際しては、特に原告が妊娠していることについては考慮していなかつたこと

等の事実が認定でき、〔証拠略〕によれば、

(一)  証人は昭和四八年三月二二日、原告より妊娠中絶について相談をうけたこと、

(二)  原告の受胎時期はおよそ、昭和四七年一〇月八日ころであること、

(三)  昭和四八年四月六日、原告に対し妊娠中絶を施したが、これは本件事故の傷害の治療に際して妊娠の事実も知らずもつぱら右傷害の治療の必要上レントゲン撮影、注射、投薬をなしたことに鑑み、奇型児出産のおそれなしとしないこと、また妊娠に伴なう腎臓疾患があつたこと等などを勘案したものであつて、したがつて甲第四号証記載のムチ打症が原因となるわけでは必ずしもないこと、

(四)  傷害の治療に際し、注射、投薬、レントゲン撮影等は、妊娠に対して必ずしもよい効果を及ぼさず、奇型児出産のおそれも無いわけではなく、一般に医師も妊娠に対してはレントゲン撮影はできる限り控えていること、

(五)  もし本件事故による傷害の治療に際して、担当医師が原告の妊娠を知つていたとしても、母体を保護すべく前記注射、投薬、レントゲン撮影等は胎児に悪しき影響を及ぼすものではあるけれどもむしろ胎児を犠牲とすることは医師としてやむを得ないこと、

等の事実が認定でき、〔証拠略〕によれば、

(一)  原告自分が妊娠に気付いたのは昭和四八年三月中旬ころであり、半田病院に入院・通院していた当時は何ら気付いてはいなかつたこと、

(二)  原告が半田病院で治療を受けた際、レントゲン撮影、投薬、注射をうけていたため、胎児に好ましからざる影響を及ぼすのではないかと危懼し、その旨医師早川近一に相談したこと、

(三)  その結果、原告は出産に不安を抱き、夫健治と相談し、中絶を決意するに至つたこと、

等の事実が認められる。

2  右認定事実によれば、原告の妊娠中絶は本件事故による身体傷害の直接の結果とは認めることはできないが、その治療のため、原告がレントゲン撮影、投薬、鎮静剤の注意などを受け、これは胎児に好ましからぬ影響を与え、奇型児出産の可能性を生ずることは、医師間の一般通念となつているのであるから、万一の危険をおもんばかつて、原告が妊娠中絶を決意し、医師が腎臓疾患及び高血圧症のあることを考慮し、妊娠中絶手術に踏み切つたのは、常識的に見てやむをえないものと言わなければならない。したがつて、本件事故と原告の妊娠中絶との間には因果関係が存在するものと考えられる。

(1)  入院治療費 金五〇、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、右妊娠中絶及びその治療に要した費用は金五〇、〇〇〇円であることが認められる。

(2)  慰藉料 金一、〇〇〇、〇〇〇円

(イ) 〔証拠略〕によれば、本件事故により頭部打撲、頸部捻挫、右膝関節部捻挫の傷害を受け、即日安静入院の必要があり、入院期間は六四日に及んでいることが認められ、この場合、諸般の事情を考慮すると、慰藉料は金五〇〇、〇〇〇円が相当であり、なお、早川医院における入院は五日間にすぎず、ことさら慰藉されなければならないものとは認められない。

(ロ) 原告が本件事故を契機として妊娠中絶のやむなきに至つた打撃、苦痛は理解できるとしても、原告は未だ二〇代であつて、もはや妊娠の可能性がないというわけではなく、再び妊娠して健康な子供を出産する余地も残されているのであるから、金五〇〇、〇〇〇円をもつて慰藉料とするのが相当である。

(3)  付添看護料 金三〇、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、付添看護料は金三〇、〇〇〇円とするのが相当と認められる。

(4)  託児料 金六〇、〇〇〇円

証人石崎松治の証言によれば、本件事故当時、原告には夫石崎健治並びに子孝子(当時一歳)がおり、原告が半田病院入院当時、夫健治は仕事のため右孝子の面倒をみることができず、夫健治の実家に預け、父石崎松治が養育監護に当り、その期間は原告が半田病院入院中及び退院後約一〇日に及んだことが認められ、諸般の事情を考慮すると、託児料として金六〇、〇〇〇円が相当である。

(5)  入院雑費 金三四、五〇〇円

弁論の全趣旨を総合すると、原告主張のように入院雑費は一日当り金五〇〇円、その六九日分金三四、五〇〇円とするのが相当である。

(6)  弁護士費用 金一五〇、〇〇〇円

原告がその訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任し、その費用報酬として金一五〇、〇〇〇円の支払を約したことは弁論の全趣旨により明らかである。

以上合計一、三二四、五〇〇円のうち、金二〇、〇〇〇円を原告が受領したことは原告の認めるところであるから、残損害額は金一、三〇四、五〇〇円となる。

四  結論

以上の事実によれば、原告の本訴請求は右損害賠償金の内金一、三〇四、五〇〇円及び内金一、二〇四、五〇〇円については昭和四九年二月一九日(本件訴状送達の翌日)から、内金一〇〇、〇〇〇円については本判決確定の翌日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺均)

現場見取図〔略〕

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